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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)114号 決定

抗告人 石橋健

〈ほか一名〉

右両名代理人弁護士 斎藤一好

同 大島久明

相手方 石橋産業株式会社

右代表者代表取締役 石橋浩

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

理由

一  抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の業務及び財産状況を調査するための検査役を選任する。手続費用は相手方の負担とする。」との決定を求めるものであり、その理由は、別紙抗告理由書(別紙一)、同昭和六〇年四月一九日付け準備書面(別紙二)及び同昭和六〇年四月二四日付け準備書面(別紙三)各写し記載のとおりであり、原決定の手続上の法令違反を主張する点を除くと、主としては、原決定の理由一2(一)摘示の抗告人の主張に対する原審裁判所の判断(同二2(一))を非難するものであって、その点についての抗告理由の要旨は次のとおりである。

①  相手方は、昭和五三、五四両年度において、台湾・財興有限公司(以下「財興」という。)に対する六億二〇〇〇万円を超える建設機械の輸出により四億八四〇〇万円に及ぶ貸倒れを生じさせたが、右取引については、当初、陳剣如なる者からの申入れがあったものの、取引条件に不満があり、いったん断っていたにもかかわらず、たまたまベトナム・カンボジア紛争が起こると、タイ・バンコック市における営業活動を右陳の言のままに転換し、不利な決済方式を採用させられたうえ、契約書を交わすこともなく、荷受人・通知人は財興であるのに支払人は香港・サンヒル・インターナショナルという注文書に従い、右取引に及んだものである。相手方は、昭和五四年一月二五日付け発注に応じて行った第一回の荷送り後、その決済未了の間に第四回までの荷送りを重ねたばかりか、第一回荷送り分の代金決済日が経過し、その支払が遅滞していることが判明したにもかかわらず、第五回以降の荷送りをあえて行い、昭和五四年四月三〇日以後船積み分については、従前の六〇日決済を九〇日決済に緩和して取引を継続したものである。

②  原決定は、相手方は野木部長を現地に派遣して代金の回収に努めていると認定しているが、相手方が野木部長を現地に派遣したのは、代金支払が遅滞した後一年余を経過した昭和五五年五月になってからである。相手方は、同年一〇月二〇日付けで、台佶股有限公司(通称ファンズ社。代表者陳偉志)なるものと財興の債務肩代りの覚書を交わし、昭和五七年二月二六日付けで、右債務につき右台佶股及び連帯保証人台湾双国金属有限公司(代表者呂景松)の支払保証書を得たが、いずれも信用のおけるものではなく、右支払保証書記載の弁済期昭和五九年七月三一日を経過しても回収は得られないままとなったのである。

③  相手方は、海外貿易業務は右取引が初めてであるのに、財興の信用調査を尽くさぬまま漫然と①のとおりずさんな取引を行い、①②の経過から明らかなとおり右取引による損失を最小限にとどめる注意を怠った結果、前記のとおり四億八四〇〇万円という、相手方の経理に重大な影響を及ぼす規模の未収金を生じさせたものであるから、右一連の相手方の業務執行においては、善良な管理者の注意義務を著しく怠ったものというべきである。

④  しかも、前記取引は、相手方の定款所定の目的の範囲を逸脱するものであり、このこと自体は、その後に原決定がいうような定款の変更があったからといって治癒するものではない。

⑤  したがって、相手方には、その業務の執行に関し、法令若しくは定款に違反する重大な事実のあることを疑うべき事由があることが明らかであるが、原決定は、相手方の業務行為に重大な法令違反又は不正行為があったとは認められないとして抗告人らの申請を理由なしとしたものであり、商法二九四条一項の規定の解釈適用を誤ったものである。

二  (当裁判所の判断)

1  まず、相手方と財興との取引に関する抗告人らの主張について検討する。

(一)  一件記録によれば、相手方は、昭和五四年一月から同年七月にかけて財興に対し輸出貿易を行い、代金合計約六億円に及ぶ建設機械を売り渡したが、その代金のうち四億八四二二万七〇八四円は支払を得られないまま、同年以降の各事業年度(四月一日から翌年三月三一日まで)の計算書類に未収売掛金として計上していること、相手方は、資本金一億円であり、営業利益は昭和五三年事業年度において一億〇六〇〇万余円、昭和五四事業年度において七億二三〇〇万余円であり、受取利息、配当金等の営業利益が加わって株主に対する配当は昭和五三事業年度において年一割五分、昭和五四事業年度において年二割となっていること、相手方は、昭和五三年八月に海外事業部を新設したが、昭和五三事業年度における同事業部扱いの売上げは財興に対する前記取引分のみであるところ、その取引の端緒ないし経緯及び態様は前記抗告理由の要旨①のとおりであったこと、もっとも、右取引を開始するに当たり、相手方としては、関係者の説明やかねてからの現地活動を通じて、財興は日本の一流企業とも接触のある台湾・金山貿易股有限公司等の企業と同一のグループであり、財興との取引が機縁となって台湾における大型事業計画に参加する途が開けるとの期待を有していたものであるが、更に進んで財興の信用調査を十分に尽くし、あるいはまた万一の危険を慮って代金回収の手段・方策をあらかじめ確保するような入念な配慮は払わないままであったこと、以上の諸事実が認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定の事実関係及びその他本件記録中の諸資料によれば、相手方が、結果において、四億八四〇〇万円を超える未収売掛金を計上するに至った財興との取引については、一面においては、財興側の者の言を信用し、かつ、取引の成功を期待するあまり、その規模の大きさや海外貿易の特殊性にかんがみ、万一を慮って尽くすべき、より慎重な注意・配慮を尽くさぬまま、あえて取引に踏み切ったきらいを否定することはできないが、他面においては、この取引が自己の企業に利益をもたらすし、その成功の条件はととのっているとの判断から、台湾貿易による営業規模の拡大を図ったものの、予期せぬ財興側の障害・経済事情の変化のために当初は予見されなかった未収金を生じ、右取引はその目標を達成し得ないまま挫折の結果に陥ったともいうべきものであり、結局、前記抗告理由の要旨②のほか抗告人ら主張に係るその余の諸事情を考慮に容れ、本件全資料を検討してみても、相手方の財興との取引に関連して、相手方の業務の執行に関し、不正の行為又は法令に違反する重大な事実の存在を疑うべき事由があるものと認定判断するにはいまだ足りないというべきである。

(三)  抗告人らは、相手方と財興との取引は、相手方の定款所定の目的の範囲を逸脱したものであると主張するところ、一件記録によれば、相手方の定款に、目的として、貿易業や、建設機械というような営業品目が明記されたのは、昭和五四年六月二二日の株主総会決議により定款の一部が変更されてからであり、それ以前の定款にはそのような目的は記載されていなかったが、右取引当時の定款においても、相手方の目的としては、「1石炭採掘及び販売、2電気機器の設計製作、修理加工販売並びに電気工事の設計施工、3造船及び修理、4石油礦油及びその他諸油の販売、5塗料及び炭化石灰の販売、6印刷及び製本、7紙袋及びその他包装材料の販売、8建材の販売、9土地建物の賃貸借及び売買、10土木建築並びにこれに関連する諸般の事業」その他の事項が掲げられており、多角経営により製造、加工、販売等諸事業の拡充発展を意図していることは明らかであるから、この定款の下においても、財興との取引は、相手方の目的を達成するのに必要又は有益な行為と認める余地は十分にあり、少なくとも、右定款所定の目的との関連において、相手方の財興との取引につき商法二九四条一項所定の事由があると認めることはできない。

(四)  したがって、相手方と財興との取引に関連して相手方につき検査役の選任事由がある旨の抗告人らの主張はいずれも理由がなく、採用することができない。

2  相手方の業務の執行に関し不正行為等商法二九四条一項所定の事実の存在を疑うべき事由がある旨の抗告人らのその余の主張(原審裁判所に提出された分を含む。)については、原審記録中に、その主張の一部にそう資料がないわけではないが、本件全資料を検討すると、同条項所定の事実はもとより、その存在を疑うべき事由についても、いまだ、右主張にそう資料によってこれを認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、右主張はいずれも採用することができない。

3  抗告人らは、原審裁判所は抗告人らの本件申請の当否を決する前提として、非訟事件手続法一二九条の二の規定により相手方の取締役及び監査役の陳述を聴くべきであったのに、これをしないまま、原決定書には右陳述を聴いた旨記載し、原決定に及んだ違法がある旨主張するが、原審記録によれば、原審裁判所は、昭和五八年六月一四日、本件審尋期日を同月二四日午後一時と指定し、その後十数回にわたって審尋期日を実施したこと、相手方代表取締役石橋浩、同監査役石橋芳枝両名代理人弁護士村山幸男は、原審における本件各審尋期日(昭和六〇年一月二一日午後一時三〇分の期日を除く。)に毎回出頭し右審尋に応じたこと(抗告人ら代理人弁護士も各期日に出頭している。)が認められるので、原審裁判所は、相手方取締役及び監査役の陳述をその代理人から聴いたものであることが明らかであり、抗告人らの右主張は、理由がなく、採用することができない。

4  一件記録を精査するも、他に、原決定を違法若しくは不相当とすべき事由を認めるに足りる資料はない。

三  以上の次第であるから、抗告人らの本件検査役選任の申請を却下した原決定は相当であり、本件抗告はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 奥平守男 橋本和夫)

〈以下省略〉

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